その年の秋から2000年にかけてなんと26週も一位を続けるロングヒットとなった。
その曲が「孫」
歌ったのは全く無名の新人、大泉逸郎。
新人といってもぴちぴちした若手ではない。
50代後半の農家のおじさん(笑)
曲も無名の作詞家と大泉自身の作曲。
すべてが売れる要素とはむまったく無縁に思えるようなその曲が
しかし聴く人の心をつかみ240万枚も売れその年を代表する曲となった。
「演歌 大泉逸郎 」:演歌 くちずさめる歌こそ本当の歌
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大泉 逸郎(おおいずみ いつろう、1942年4月17日 - )は山形県西村山郡河北町出身の演歌歌手。1999年、大泉本人の孫を歌った「孫」でメジャーデビュー。プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスファンクラブ名誉会員(会員No.5)。
本業はサクランボ農家の経営者。現在も山形県河北町でサクランボを収穫している。
アマチュア民謡歌手として、1977年に東北・北海道民謡大賞を受賞したのをきっかけに、本格的に活動開始。初舞台は山形刑務所であった。
1994年、自らの初孫が誕生し、あまりの可愛さに、生後3日目に友人の荒木良治に作詞を依頼し、自らが作曲を担当。こうしてできたメジャーデビュー曲の「孫」は240万枚以上の売り上げを記録する大ヒットとなる。NHK紅白歌合戦にも出場。その後も「孫びいき」「親ごころ」とスマッシュヒットを連発。コンスタントな活躍で演歌界に定着している。
2005年頃より通信カラオケシステムDAMの機種改良に伴い、同機種で配信する大泉の代表曲で背景映像に大泉本人が出演する映像が多く採用されている。また一部のLD版の「孫」でも大泉本人が出演する映像が採用されている。
民謡の大塚文雄とは実家が非常に近く、2人とも幼い頃から歌がうまいと近所では評判だった。
家族(長男)が白血病であったこともあり、骨髄バンク支援に熱心である。
地元のお茶屋さんからヒット曲「孫」と名づけられた煎茶が発売されている。
ハガキの住所に「山形県 孫様」と書いて投函すると郵便事業の対応処理で大泉の自宅に届く。これはフジテレビ系「トリビアの泉」でも取り上げられ、大泉自身も日本テレビ系の「踊る!さんま御殿!!」に出演した際に発言している。
大泉逸郎 - Wikipedia より


